1980年代の初め、「ヲタク」は全羅南道のモッポ(木浦)を旅した
ことがあった。
ひなびた旅館の前の舗装もされていない道路では、粗末な身なりの
子どもたちが裸足で遊んでいた。
明らかにプサンやソウルとは街の雰囲気が異なっていた。
△「泥棒にもあいましたね・・・」
バスターミナルでは、小学校を出たばかりくらいの女の子が、
見送りに来た家族と別れ、泣きくずれながら一人でソウル行きの
バスに乗り込む場面に偶然、出くわした。
まだ言葉はよくわからなったが、家政婦として、あるいは女工と
して、親元を離れ一人でソウルに働きに出ようとしていること
くらいは理解できた。
当時、韓国の義務教育は小学校(国民学校)までだった。
あの頃、韓国で売られる全てのアルバム(レコード)には、必ず
1曲の「健全歌謡」(愛国歌謡)の挿入が義務付けられていた。
そして、そうした「健全歌謡」の中から生まれた空前の大ヒット曲が、
チョン・スラの歌う「ああ!大韓民国」だった。
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원하는것은 무엇이든 얻을수 있고.. 뜻하는것은
무엇이건 될수가 있어. 이렇게 우린 은혜로운 이땅을 위해
이렇게 우린 이 강산을 노래부르네. 아아 우리 대한민국
아아 우리조국 아아 영원토록사랑하리라...
欲しいものは何でも手に入り、なりたいものには何でもなれる。
こうして私たちは、恩恵に満ちたこの地のために、こうして
私たちは、この山河を歌う。ああ、私たちの大韓民国、ああ、
私たちの祖国、ああ、永遠に愛し続けていく。
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「ヲタク」は、なぜか、今でもこの曲を聴くたびに、泣きながら
バスに乗った少女のことが思い出され、胸が締め付けられるような
思いがする。
彼女もこのヒット曲を、ソウルで口ずさんだのだろうか。
生きていれば、彼女ももう40代の半ばを過ぎたころだろう。
ソウルに暮らしているのか。それとも全羅道で暮らしている
のか・・・。
どんな暮らしであっても、彼女に幸せな今があることを、祈らず
にはいられない。
(終わり)
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韓国健全歌謡の思い出
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